臆 病 で 、 我 侭 な 2 人 。


「こんなモノ、いらない」 少女は飛び出した。足の届く地へと。 少女はある少年に声をかけた。黒い髪に、眼鏡をかけた色白の少年。 少年は思わず立ち止まり、少女の方を向いた。少女は少年にこう言った。 「私の翼をあげる」 少年は一瞬戸惑ったが断った。少女はその言葉を聞き取り乱した。 少女は少年に懸命に説得した。しかし少年は意見を曲げる事はなかった。 どうやら翼をあげるのは誰でも良いわけではないらしい。何故少女は少年を選んだのか。 少女の声が涙声になった。表情も先ほどまでとは違い、目に涙をためていた。 「1秒だけでも良いからお願い・・」 この言葉が決定打となり、少年は遂にOKを出してしまった。少女の表情は一変した。 そして少女は翼を早速少年につけ、背中が軽くなったと喜びその足で何処かへと翔けていった。 取り残された少年は、試しに跳躍をする。身体が宙にわずかに浮いた。 しかし飛び方を知らない少年にはそこまでしか出来なかった。 少年は指揮者の様に両手を広げ宙でまた跳躍した。先程よりも高く浮いた。 このような要領で少年はコツを掴もうと必死になった。 しかし飛ぶことにコツなどはなかった。自分の思う飛び方をすれば、飛べたのだから。 ようやく飛ぶ事になれた少年は、空の気持ち良さを知った。 先程まで嫌がっていた翼。しかし今は嫌がることなんて考えもしていない。 空の青さ、空の広さ、飛ぶことの気持ち良さ。そんな今まで考えた事もないことを考えた。 果てない道を少年は飛びまわり、風と空と一体化した。 一通り飛びまわった少年は近くなった空を見て、向こうの世界に行けるのではないかと思うようになった。 そして少年は空を昇り出した。何処にあるのだろうか。空気のない場所にあるのかもしれない。 何処までも果てしなく少年は飛び続ける。何処まで来たのだろうか、ある地点で突然少年の背の翼は消えた。 少年は落下を始めた。まるで蝋の翼を失ったイカロスのように。 高度は1000mは軽く超えている。確実に向こうの世界へと楽に行ける高さだ。 落ちるスピードが速くなるにつれ、少年に不安が走り出した。まだ向こうには行きたくない、と祈った。 しかしそんな少年の祈りもむなしく、落下速度はおさまらない。少年には絶望しか残らなかった。 間もなくして地と少年の身体が衝突しそうになった。その時だった。 翼を持ったあの少女が少年を抱きかかえた。少年は寸前の所で少女に助けられた。 少年は素直に喜んだ。しかし少女の表情はまたあの時と同じ、涙ぐんでいた。 「また私に翼が戻っていると思ったら・・どうして向こうの世界へ行こうとするの?」 少女は聞く。少年は迷わずに言った。 「大切な人に・・会えたかもしれないから」 その答えを聞いた少女は更に少年に聞く。 「会えなかったら?どうして結局は怖がったの?」 少年は答える事に躊躇った。暫くの無言が続き、少女がとうとう涙を流した。 「自分も含めて人間は大嫌い。」 この言葉から、少女は言いたい事を言い出した。 「向こうの世界へ行きたがっているのに、結局は怖くて行けないでいる。」 「翼があれば何処へでも行けるなんて勘違いしている。」 「本当になんでこうも自分勝手でいられるのか」と。 聞いていた少年は一言、こう言った。 「本当に臆病だよね・・」 少女は頷く。俯いたまま、少女は再び言葉を発した。 「私もこうなってまた臆病だって思った。バカみたいな話だよね」 少年がどう言う事だと少女に聞く。少女は言っても私の気持ちなんか分からないと拒んだ。 確かに人の気持ちなんて本人にしか分からない。 安易に「分かる」と言ったって、時にはそれが火に油を注ぐような結果になる。 「・・でも今は言いたい気分だから言ってあげる」 少女は黙ってしまった少年にこう言うと、自分の話をし始めた。 少女には最愛の恋人がいた。いつかは結婚をしたいとさえ願っていた青年だ。 しかし青年はある日突然、少女の目の前からいなくなった。 青年はいつものように眠り、そのままこの世を去った。前日まで元気だった青年が突然、だ。 少女は泣き崩れた。急すぎる別れに酷く衝撃を受けた。 そして少女は向こうの世界に、最愛の彼が待っているという衝動に駆られ、 高層ビルの屋上でジャンプした。空に近づこうと、必死にジャンプした。 フェンスを越えて飛び降りようとは思わなかった。地に落ちると感じたからだろう。 屋上でずっとジャンプをしていた少女は諦めて、フェンスによさりかかった。 フェンスが脆かったせいか、フェンスと共に少女は落ちた。そしてそのままこの世を去った。 ほんの一瞬だけ後悔と不安が脳裏をよぎり、すぐに消えた。 少女が次に目を覚ました時、背中に翼があることに気付いた。少女は思った。 これであの人に会えるかもしれない、と。しかしその思いはすぐに崩れた。 少女は翼で向こうの世界へ行った。しかし最愛の人はそこにはいなかった。 少女のいる世界とはまた別の世界にいるのか、それは分からない。分かるのは姿がない事。 再び少女は泣き崩れた。衝撃はこれだけでは終わらなかった。 周りの人々は翼はないのに、少女にはあった。そのせいで忌み嫌われた。 「自由と大切な物を求めすぎた人間」と。 生活規則も少しだけ束縛された。そんな過酷な生活。少女は改めて後悔した。 生きて自分が臆病だと実感している方が良かったと。 どうしてこれは夢じゃないのだろうかと。 向こうの世界は自分からすれば残酷な世界だと。 自分を束縛するくらいの翼ならこんなモノはいらない、と。 「あなたなら私を救ってくれるんじゃないかって、この翼を消してくれると思った」 結局は無理な話だったのだ。少女が苦しみから逃れられるのは翼をかき消す事だった。 人間は翼があれば何処へでも行けると思いこみ、向こうの世界へと行こうとする。 向こうの世界へと行こうとしない、翼を頼らない人間にしかそれは出来なかった。 誰かから聞いたその方法しか、消す事は出来ないと少女は思っていた。 「やっぱり自力で消すか、生まれ変わるまでずっと持たなきゃね・・ 人間は脆いから、そう振舞っていても心の何処かではそれを求めている。・・・ありがとう。」 少女は少年の言葉を待たずして、溶けるように消えた。向こうの世界へ帰ったのだろうか。 少年は空を見上げ、手を伸ばした。少女のモノだと思われる羽をキャッチした。 純白の白い羽は眩しいほどに輝いていた。束縛の翼だとは思えない。 「大切な人を求めたって良いじゃないか、自由を求めすぎても良いじゃないか。 どうしてそれがいけない事なの?ねえ、神様?もし聞いているのであれば僕の大切なあの子を・・」 少年もまた、大切な人の自由を求めていた。その後、この少年と少女がどうなったかは誰も知らない。
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